このプロジェクトを開催する5つのまちが運営するブログです。

2007年春のある日、東京、宮城、山形、岩手、北海道でまちの音を採集する目的で有志が集まった。砂利道を踏む足音、鬼ごっこをする子供達、ラーメンをすする音、新幹線のアナウンス、いつもは気にもかけない様々な音に耳を傾け、選択し、マイクでひろっていく。
7月に全国5地域をツアーするピアノコンサート『夏の旅』ではアーティスト向井山朋子がこのまちの音を編集し、『即興曲』を中心とするピアノ音楽のパートとして編み込んで新しいシューベルトを発表します。

   ◆ 各地域の コンサート情報はこちらから ◆

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 旅に出るといつも考えることがある。
 知っている、ってなんだろうって。
 知っていたつもりだった事柄が、一瞬のうちに無効になったり、
 知らない場所の知らない人たちに妙に親しみを覚えたり。

 誰もが聴いたことのあるシューベルトの即興曲に、そこに住む人たちが
 集めた街の音のサンプルを織り込んでいく。
 それは東京から始まって、北に進む旅とともに少しずつ形を変え続ける。
 ゆっくりと、私達が「知る」まえに。
                                        向井山朋子




タグ:シューベルト ( 2 ) タグの人気記事
 

頭の中で交差する 今と200年前
2007年 06月 30日  
文  梅坪 弥代 「夏の旅」 札幌スタッフ

1年くらい前のことだが、シューベルト似の男性に半年くらい口説かれ続けた。
眼鏡をかけ、カーリーヘアーでぷっくりし、でも、背は高いイギリス男性。
オーストリア人ではない。

その男性はArtistであり、勉強は熱心だったが、彼の作品にも惹かれなかったし、彼女もいたのに口説く男として、この件は、私にはどうでもいいことだった。

こんなことは通常忘れ去られてしまうことだが、シューベルトのことを考えると、連想ゲーム方式で時々思い出す。
そして、このイギリス人のおかげか、200年前の人物が、ついこの間まで生きていたかのように感じる。肖像画を通して今見ることのできる、シューベルトの「感情の出ていない表情」だけではなく、笑い顔、真剣な顔が想像できるからであろう。。

「シューベルトの早い死を どうにかできなかったのであろうか。。。」と ふっと思う。

シューベルトは内的衝動から作品を書き、パトロンからの依頼をとることではなく、つまり、パトロンに依存せずに(できずに)、出版社に依存した。指揮者や音楽監督のような市民社会での保証を得る試みに失敗したのは、市民的な生活の束縛への妥協ができなかったのかもしれない。。完全に自由に制作したいという内的衝動があまりに強かったから。

友人の宿をつぎつぎ泊まり歩いたり、時には下宿をしてみたり、あるいは地方貴族に雇われての数ヶ月の家庭教師。。。自分をどこにいても“よそものだ”を感じていた人の音楽とも言われている。

シューベルトが結婚していたら、何か変化はあったであろうか?
定住し、家庭のためのエネルギーは 作品にどんな影響をもたらしたであろうか?

「もし、人(男)が、真の男友達を持つなら幸せである。 自分の妻に真の友人を見いだせるならより幸せである。」とシューベルトは書いている。

シューベルトには心に秘めた女性がいた。
残念ながら当時は、シューベルトクラスの若者が、家族を養う十分な収入の証拠なしでは結婚ができない時代であった。
メッテルニヒ政権によって1815年3月には公表された厳しい新法律では、シューベルトのような“school assistant(教員アシスタント)”として公的書類に載っている身分では結婚できなかった。

ウィーンに住む者で、
【貴族。官僚・公務員。大学院資格、など上級学位所有者。(公立学校や教育機関の教授や教員。) 弁護士(弁護士事務所で働く人。) 大家、地主。会社や工場所有者。】
これらに属する人々は、当局から結婚許可を必要としない。それ以外は結婚前に許可を申請すべし。

この枠で言うなら、私も結婚できない。


吉田秀和氏は「誰から注文されたわけでもないのに、音楽を書き、いつ演奏されるというあてもないのに音楽を書くということは、モーツァルトにも、ベートーヴェンにも、非常にまれな場合のほかには考えもおよばないことであり、彼らの作品は社会の中で消化される仕組みの中にあった。」 

シューベルトの作品は、溢れ出てくるにもかかわらず、当時の社会で消化されず。
シューベルトは、家庭という内なるものも、新法律などの社会状況ゆえ築けず。
さらに、極めつけは、治る見込みのない病にかかる。

その絶望感が、音楽を通して昇華されているかもしれないことに、あらためて様々なことを考えさせられる。
そして、これを書きながら、ゴーギャンを思い出す。
社会と家庭の両方で絶望感を持つ芸術家は時に、美しい作品を生み出す。。
このギャップは、実はここ数年気になっていることである。。



参考文献 : 
・ シューベルト ―音楽的肖像― アルフレート・アインシュタイン著、 浅井 真男 訳、 白水社
・ 吉田秀和作曲家論集 2 Franz Schubert、音楽之友社
・ The Peacock’s Tale : Schubert’s Sexuality Reconsidered, Rita Steblin, 19th-Century Music, Vol.17, No.1, Schubert (Summer, 1993), P.6.7

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by dahadahay | 2007-06-30 21:23 | スタッフ 彼是

「シューベルトには神の火花が宿っている!」 
2007年 05月 13日  
e0114540_1674487.jpgAustrian composer, Franz Peter Schubert
(January 31, 1797 - November 19, 1828)

オーストリアの作曲家、フランツ・シューベルト 
(1797年1月31日 ~ 1828年11月19日)



「シューベルトには神の火花が宿っている!」 by ベートーヴェン 1

文  梅坪 弥代 「夏の旅」札幌スタッフ

31歳で他界したシューベルトだが、その作曲数は膨大である。例えば、総数595曲2 のリートや600曲弱のピアノ曲。

私見だが、今回、なぜ「シューベルトとまちの音」なのか、なぜ、「ベートーヴェンとまちの音」や「ショパンとまちの音」ではないのかという疑問、なぜ自宅で聞いているとシューベルトの曲は聞き流してしまうのか、という疑問に突き動かされてシューベルトに関する本を読み、3冊目で非常に興味深い本、村田 千尋著 「シューベルトのリート 創作と受容の諸相」と出会う。


シューベルトの音楽は、当時の標準からは“はずれていた”ようである。 
というのは、細部の具体的な描写ばかりか、登場人物の心情、情緒性まで表現したから。 細部の具体的な表現とは、ピアノで馬の蹄を巧みに表現したり、烏の不気味さと不思議さを表現したり、あたかも雲の切れ間から陽光が差し込み、水面が明るくなっていくかのような表現。例えば、<粉挽き歌曲>の“第1曲<さすらい>では、水の流れと足音を模したピアノ伴奏に乗って、同じ旋律を5回も繰り返す。3 ” “<どこへ?>と<涙の雨>では、調のゆらぎが、感情の変化を表現している。4

つまり、シューベルトは、古典的な手法を超え、リート の分野で新たな局面を開く意義を担った。

シューベルトの場合、伴奏はさらに重要な役割を担っている。 彼が描いている水音や馬の足音、嵐は、単なる情景描写に留まるのではなく、詩の情緒、その場の雰囲気や主人公の感情をも映し出し、心情描写となっているのである。例えば、<水車屋の娘>における水音や水車の音は、主人公の朗らかな気分と未来への期待を表し、<魔王>における馬の蹄と風の音は、無気味な雰囲気と子供の恐怖を反映している。

ここで重要なことは、シューベルトはその場の雰囲気や心情を、一つの固定したものとして描いているのではなく、刻々と変化するものとして捉え、足音や嵐を描写することによって、感情の変化を描き出しているということである。<若き尼>における嵐と雷は、不安とそれに打ち勝つ信仰の心を描き、<糸を紡ぐグレートヒェン>における糸車の音は幸福感と不安の入り交じった気持ちの高ぶりを描いているのである。ここに、旋律の朗誦性と伴奏の描写性が合わさり、いわゆる「情緒リート」が誕生することになる。6

シューベルトのリズムにおいても、
シューベルトが選んだリートの題材には、旅に関わるものが多い。異国への憧れと郷愁は、ともにロマン派の主要なテーマであったから、シューベルトがこのような題材を多く選んでいることも、別に驚くに値しない。当時の旅は、馬車を使うのでなければ、徒歩に頼るしかなかったわけで、シューベルトと限らず、リートの中に歩行のリズムが出てくることがしばしばある。すなわち、等拍的な「歩みのリズム」である。7

例えば、 さすらいに関わる2つの歌曲集に数多く現れ、特に<冬の旅>では、冒頭から8分音符が等拍的に連打されている。また、<巡礼><さすらい人の月によせる歌>などにもみられる。
ところがシューベルトは、もう1種類、旅や歩行を表すリズムを用いている。すなわち、強・弱・弱 (長・短・短)というダクティルスのリズムである。例えば、<草原の歌>や<別れ>D957,7では、このリズムが速いテンポで示され、軽快な歩み、快活で、元気のよい旅を表している。

一方、<さすらい人の夜の歌Ⅰ><さすらい人><さすらい人の夜の歌Ⅱ>では、遅いテンポのダクティルスによって、旅に空き、疲れ果てた様子が描かれている。旅は同時に時の歩みも意味する。<星>におけるダクティルスは、まさに時を示す利用法の好例であろう。そして、<死と乙女>における遅いテンポのダクティルスは、旅の果て、人生の終着駅としての死を表現するリズムと考えることができる。8

旋律形成において、従来のような詩の韻律に従った、平易で滑らかな旋律線に代わって、詩を『語る』ことを主眼とし、韻律に忠実であることを前提とした上で、言葉の意味内容、そこに含まれる感情、情緒の表現を目指した。朗誦的な旋律を多く用いるようになっている。。9

村田氏によると、“リートとピアノ曲との違いは、前者が生涯にわたって、ほとんど切れ目なく作曲し続けたのに対し、後者は、同じく生涯にわたって作曲していたとはいっても、何回かの特定時期に集中して作曲する傾向がみられるということであろう。10”とある。リートで、シューベルトが表現している手法は、シューベルトというフィルターを通して曲が生まれているので、多かれ少なかれ、ピアノ曲でも使われていることがあるように考える。

そして、時にシューベルトのピアノ曲はあまりに状況描写にすぐれているのではないか、と考えてしまう。シューベルトの曲CDをかけていても、何かに気をとられているうちに曲が終わってしまっていることが多い。日常多くの音に囲まれて暮らすことや、我が家にあるCDが劇的な曲ではないため、空間、空気の一部の曲、心地よい音になってしまうのか。。

もちろん、その印象はあくまでも曲、その曲をひくピアニストの解釈によるであろう。

シューベルトの演奏について、シューベルトの友人ガーヒーは、
“私の小さな太ったパートナーの純粋なよどみのない演奏、自由な解釈、ある時は繊細である時は火のようにエネルギッシュな弾き方が、私に大きな喜びを与えてくれたのです。11
と述べている。

上記で私が関心を持ったこと以上、あるいは全く別のことを、向井山朋子氏は考えているであろう。しかしながら、個人的に、「夏の旅」プロジェクトの活動を通し、シューベルトが生きた環境や、当時の音楽発展のうねりを少し感じられたことは非常によかったと思う。というわけで、今、4冊目に入っている。


追記 : 

一般的に、シューベルトはリートを思いつくがまま一気に書き上げてしまう傾向にあり、作曲にあまり悩まないことが知られている。フォーグルなどは、シューベルトの作曲法を「音楽の透視術」と呼んでおり、この考え方は、当時、かなり広く受け入れられていたように思える 。12

シューベルトは言っている。
「うん、これは詩がいいんだ。そういう場合にはすぐに気が利いた音楽が浮かんでくる。メロディが流れ出てきて、それは本当に楽しい。・・・詩が悪いと何も出てこない。それで苦しむことになるわけだし、それで出て来るのも無味乾燥な代物ばかりだ。ぼくはもういままでに随分たくさんの押しつけられた詩を突き返したよ。」13
 
チャールズ・オズボーンによると、“シューベルトは少年期、青年期と成長するにつれ、これまで以上に内向的で瞑想的な生活を送っていた。自分の外の世界に言葉を発することは稀で、ほとんど楽譜でしか自己表現しなかった14 ”  

シューベルトは居場所を転々としていたからだとしても、シューベルトの家にピアノがなかった(!!)にもかかわらず、これだけ膨大な数を短い人生の中で作りあげたことには、ただただ驚きである。 


---- footnote ------------------------
1 【シントラーの報告『回想』 377ページ以下 】 P.27, シューベルトのリート 創作と受容の諸相, 村田 千尋, 音楽之友社, 1997
2 未完成を含む
3 P.79 同上
4 P.81 同上
5 「リート(Lied)」 : ドイツの芸術歌曲。詩とピアノ伴奏が一体となって、深い情感を表現する。18世紀後半におこり、19世紀にはドイツ独自の重要な声楽の分野となった。 (msn国語辞書より)
6 P.39 同上
7 P.43
8 P.44
9 P.36-37
10 P.114
11 P.174
12 P.109
13 [A.ヒュッテンブレンナーの伝える言葉『回想』220ページ以下] P.109
14 シューベルトとウィーン Schubert and his Vienna by Charles Osborne, チャールズ・オズボーン 著 / 岡 美知子 訳, 音楽之友社, 1995
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by dahadahay | 2007-05-13 15:59 | スタッフ 彼是

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