文 神 麻子 「夏の旅」岩手スタッフ
写真 吉川 由美 「夏の旅」 仙台スタッフ
夕闇が迫る中、東山の米蔵の中にピアノの音が響きはじめました。
満席の場内は開演前から熱気に溢れ、息苦しいほど。
ステージに投影された黄色い光の中には、ピアノに向き合う向井山朋子のシルエット。
音と共に揺れ動く影を見つめながらのコンサートです。
「会場を音でぱんぱんにする」
とういう向井山さんの目論見が見事に成功し、場内を包み込むように設置されたスピーカーから流れ出る「まちの音」。その音は時にはピアノの音色をサポートし、時にはかき消し、そして静寂を生み出しました。東山では聞く事の無いだろう音が、蔵のなかにひしめき合って、少しずつひとつになっていったように思います。
実は、このコンサート前日の夕方、一日の日程を完了したところで、いままで見たことのないパワフルな夕焼けに出会いました。ぼこぼことした波状の雲が赤く染まり、空一面が立体的なグラデーション。65分というコンサートの最中に、何度もその光景が思い浮かびました。瞬く間に無くなってしまう夕焼けと、聞こえたそばから消えていく音が、どことなく似通っていたのかもしれません。
向井山朋子は、夕焼けも、砕石工場も、猊鼻渓も、東山の町並みも、たくさん食べたお餅も、会場も、人も、短い時間に起こった事柄全てを受け入れ、消化し、ピアノの前に座ってひとつの世界を作り上げたように、私の目に映りました。
たくさんの人に支えられながら、旅の折り返し地点を過ぎた岩手でのコンサート。最終地点札幌でもまた違うストーリーが生み出され、「夏の旅」はさらに変容していくのだろうと感じています。