このプロジェクトを開催する5つのまちが運営するブログです。

2007年春のある日、東京、宮城、山形、岩手、北海道でまちの音を採集する目的で有志が集まった。砂利道を踏む足音、鬼ごっこをする子供達、ラーメンをすする音、新幹線のアナウンス、いつもは気にもかけない様々な音に耳を傾け、選択し、マイクでひろっていく。
7月に全国5地域をツアーするピアノコンサート『夏の旅』ではアーティスト向井山朋子がこのまちの音を編集し、『即興曲』を中心とするピアノ音楽のパートとして編み込んで新しいシューベルトを発表します。

   ◆ 各地域の コンサート情報はこちらから ◆

東京都 江東区 宮城県 仙台市 山形県 白鷹町 岩手県 一関市 北海道 札幌市


 旅に出るといつも考えることがある。
 知っている、ってなんだろうって。
 知っていたつもりだった事柄が、一瞬のうちに無効になったり、
 知らない場所の知らない人たちに妙に親しみを覚えたり。

 誰もが聴いたことのあるシューベルトの即興曲に、そこに住む人たちが
 集めた街の音のサンプルを織り込んでいく。
 それは東京から始まって、北に進む旅とともに少しずつ形を変え続ける。
 ゆっくりと、私達が「知る」まえに。
                                        向井山朋子




カテゴリ:スタッフ 彼是( 19 )
 

これまでの向井山朋子 : 2004年6月8日 岐阜県可児市
2007年 04月 13日  
文・写真  竹田 直樹 (ラウンドスケープアーキテクト/フォトライター)

2004年6月8日(火)可児 雨

旅芸人になる

for family ~ うちのピアノ ≪宅配コンサート編≫

 アムステルダム在住の向井山朋子は、ロンドンシンフォニエッタやロッテルダムフィルハーモニーなどにソリストとして招かれ、現代音楽の第一線で活動するピアニストである。同時に美術家、建築家、コンテンポラリーダンサーなどとのコラボレーションや、一人の観客のためのコンサートシリーズ「for you」をヨーロッパや北米で展開するなど音楽の新しい可能性を開拓し続けている。そんな彼女が、4日間、岐阜県可児市周辺で、公募によって選ばれた17家族のために家庭のピアノを演奏する宅配コンサート「for family」を行うという。

 可児市は名古屋から一時間ほどの郊外と農村の中間のような小さな街だった。雨の朝、私と向井山、このプロジェクトのディレクターの森真理子、それと地元在住のボランティアで車を運転してくれる倉田真弓さんの4人の旅が始まった。

e0114540_0493916.jpg
(左) 水野さん宅でのコンサート        (右) 岐阜県加茂郡八百津町の水野さんの家へ


 「だれのために……ということ。200人、2,000人のコンサートとは違う、たとえ15分でも、あなたのために……。客席とステージ、音楽とピアニストと観客、こういう関係を再構築したいと思う」と向井山。車はやがて山道へ。途中、川霧の立ちこめる木曽川を見る。しばらくして加茂郡八百津町の山あいの静かな集落に到着。古い大きな木造の民家を改築した開放的な家には、建築家の水野さんと夫人、大学で建築を学ぶ息子さんの3人が静かに待っていた。建築家の家らしく、室内は研ぎ澄まされたシンプルなインテリアにまとめられている。広いリビングの片隅にピアノがぽつんとあった。夫人が結婚する時に母に買ってもらったものだとのこと。向井山は少し家族と話す。そして、演奏が始まった。1曲目は、オランダ人シミオン・テン・ホルトの「悪魔のダンスII」(1986)。19世紀音楽の香りを残すミニマルな曲だった。小さなフレーズが少しずつ変化しながら際限なく繰り返される。テン・ホルトの曲は、音符とリズムは固定されているが、強弱、反復、パターンの繰り返しは奏者が決めることになっている。降りしきる雨の音と音楽が輻輳し時間と空間が混ざるよう。コンサートホールではありえないたおやかでしっとりとした時間が過ぎる。2曲目はオランダ人ペーター・ヤン・ワーグマンの7楽章からなる協奏曲で、向井山がオランダラジオ室内オーケストラと共演し2002年に初演した「エデンの庭師」(2001)より第3部。超絶技巧的でフィジカルな曲は、ヨーロピアンアカデミズムとでもいうべき洗練された硬質なテイストに包まれていた。この曲では、家庭用のピアノは完全に限界を見せる。その後、向井山は少し家族と話し、次の家に向かうことにする。30分ほどのことではあったが、ピアノにとっても家族にとっても歴史的な出来事であったに違いない。

e0114540_0503482.jpg
岐阜県可児市の杉下さん宅で


 2軒目は、可児市内の杉下さんの家。夫人と近所の親戚など5人の女性と小学生ぐらいの子供6人が待っていた。子供たちはにぎやかに走り回っている。向井山は、「はじめるからちょっと静かにしててね」と子供たちにやさしく言って、ピアノの上にあった置きものの類を片付け、うわぶたを開ける。1曲目のブリュッセル在住のアメリカ人フレドリック・ジェフスキーの「ノースアメリカンバラードより-「Down by the Riverside」(1978)は、ベトナム戦争当時、アメリカで歌われていた反戦のゴスペルを題材にする曲で、本来、政治性をもつ曲なのだが、メロディアスで聞きやすくポエティックでムーディーなもの。途中に即興のパーツを含み、やわらかなテイスト。2曲目は佐藤聰明の「化身II」(1977)。クラブシーンを思い起こさせる細かく震えるようなトランス音を作る。もちろん作曲年からして今日のクラブシーンを先取りしている。3曲目は、ロベルト・シューマンの「アラベスク」Op.18(1839)だったが、それは19世紀音楽とは思えない現代的なものに感じられた。子供たちは静かに聞いていた。演奏の後、向井山は集まった人々と少し話をして家を出る。その時、子供たちが花束を一つずつ向井山に手渡した。

e0114540_0511040.jpg
岐阜県可児市の山口さんの家


 3軒目は、同じく可児市内の山口さんの家。家の中は、20人ほどの母親と40人近い幼稚園児で鮨詰め状態。その後も母子が続々と訪れ家に入れず庭に人垣ができる。向井山は演奏を始める直前に紙に曲目をメモしプログラムを作る。家の状況にあわせて瞬時に考えているようだった。騒然とした状況下、一曲目は、イタリア人シャリーノの「ピアノソナタ第2番」(1983)。厳密に計算され尽くしたニューコンプリシティーとでもいうべき強度にフィジカルな曲だった。家庭用のピアノは、きしむように唸りを上げ、フルスロットルで高速道路を走る軽自動車のようだった。私は、こんな状況の中、あえて向井山が、この曲を選んだのだと思った。それは「さあ、みんな、おだまり!」と言わんばかりの演奏だった。そして、実際、家は静まりかえる。静まったところで、2曲目は前の家でも弾いたジェフスキーのやわらかな曲。3曲目は田中カレンの「テクノ・エチュード」(2000)。クラブシーンの影響を感じさせるスタイリッシュな曲だった。演奏が終わるとアニメのキャラクターのような夫人が、大量の料理を運びだし、大パーティーが始まった。ご主人も帰ってきて向井山と話す。パーティーは続いていたが、私たちは次の家に向かうことにする。向井山は、大量の花束とこの地方特産の手作りのほうば寿司をもらい大勢の人々の見送りの中、車に乗り込んだ。
e0114540_0522781.jpg
 この日最後の家は、加茂郡七宗町にあり、少し時間がかかる。すでに夕方になっていた。雨が降りしきる。私は、次の家のことやそこでの向井山の演奏のことを想像し、愉快な気分になった。私たちは旅芸人の一座のようでもあった。車は深い山あいへ。
 前嶋さんの家は、新しく立派でセンスのよい本格的な和風建築だった。夫妻と小学生の姉妹と小さな弟、それにおじいさんが静かに待っていた。
 ここでの演奏は、向井山がクラブのDJのように即興で、3つの曲を組み合わせたものだった。オランダ人トゥック・ニューマンの「ソイール」(2003)から、シューマンの「アラベスク」、そして、テン・ホルトの「悪魔のダンスII」へ。ニューマンからシューマンへの移行の際には、幾度か行き来があった。それはうねるように曲想が変化する一つの曲だった。
 演奏が終わると外はすっかり暗くなっていた。私は、初めて訪れた町で、雨の中4軒の知らない人の家を訪問し、向井山のコンサートを4回聴いた。
 ひとり闇夜の中央道を東京へ。
上/山口さんの家を去る。
  左から、ボランティアの倉田真弓さん、
       ディレクターの森真理子、
       ピアニストの向井山朋子
中/岐阜県加茂郡七宗町の前嶋さんの家へ
下/前嶋さん宅でのコンサート

[PR]
by dahadahay | 2007-04-13 01:30 | スタッフ 彼是

これまでの向井山朋子 : 2004年6月13日 三重県尾鷲市
2007年 04月 13日  
文・写真  竹田 直樹 (ラウンドスケープアーキテクト/フォトライター)

6月13日(日)尾鷲 晴れ

漁港と運河

my life  / your life アムステルダム/尾鷲

e0114540_11475662.jpg 漁港の近くにある尾鷲市民文化会館せぎやまホールのすぐ脇を流れる中川にはアユの群れが見える。釣り人が長い竿を出していた。ホールの前の波止では、子供たちが小アジを釣っている。
 雲ひとつない青空が薄紫色に変わり始めると、どこからともなく大勢の人々が集まってきた。京都でアーツスタッフネットワークを運営する樋口貞幸が企画運営する向井山朋子のコンサート「my life / your life アムステルダム/尾鷲」が開演となる。

e0114540_17426.jpg
アムステルダムの運河の映像を背景に演奏する向井山

 1曲目は、シミオン・テン・ホルトの「悪魔のダンスII」(1986)。向井山の背景には、彼女が撮影したアムステルダムの運河の映像が投影される。ミニマルな曲想と船の中から撮影した単調に流れ去る外国の都市の風景は、相互に関連しあい、壮大な叙事詩のようだった。アムステルダムの風景は、ここではオランダ人と結婚し、長くアムステルダムで暮らす向井山のマイライフとしての意味を持ち、観客は彼女が暮らす街の風景を知ることとなる。演奏が終わると向井山は夫が尾鷲での彼女の公演についてオランダ語で語る声を会場に流した。内容はだれにもわからなかったと思うが、観客は彼女の夫の声を知る。その後、4人の尾鷲で暮らす人々がステージに上がり、向井山とトークとなった。年金で生活する人、尾鷲に移り住んだ人、福祉に取り組む人などが、彼女とたわいもない話をした。でも、彼らは、社会的な立場とは無関係な純粋な自分の言葉で、自らの尾鷲での人生について語った。それは、向井山から見たユアライフ。
e0114540_173938.jpg
ステージ上で尾鷲の人々と話す向井山

 向井山は、コンサートでの演奏者と観客という従来からの関係性を変えようとする。このコンサートでは、どんな人がどんな人のために演奏するのかということをテーマとした。観客にとって向井山は単なる演奏者ではなく、向井山にとって観客は単なる聴衆ではなくなった。ごく一部かもしれないけれど、両者はそれぞれのことを感覚として知っている。

e0114540_182121.jpg

 再び演奏が始まった。ペーター・ヤン・ワーグマンのエデンの庭師(2001)より第3部に続き、ロベルト・シューマンの「アラベスク」(1839)、そして、サルバトーレ・シャリーノの「ピアノソナタ第2番」(1983)、最後はフレデリック・ジェフスキーの「Down by the Riverside」(1978)。
 拍手は鳴りやまず、アンコールは2曲となった。田中カレン「テクノ・エチュード」(2000)とトゥック・ニューマンの「ソイール」(2003)。
 シューマンを除けば、いずれの作曲家も向井山が日常的に交流しているの知人である。この日、彼女は知人の曲を知人のために演奏したのだと思う。演奏された曲は、あくまで最先端の現代音楽だ。熱狂的ともいえる観客の拍手は、純粋に音楽に限定されたものでないのはあきらかだった。
 観客は、向井山の人生と彼らの人生が、一瞬かもしれないけれどつながったことに対して拍手した。
 終演後、向井山はスタッフたちと夕食に。私はひとり満天の星空を見ながらホテルに向かう。
[PR]
by dahadahay | 2007-04-13 01:20 | スタッフ 彼是

これまでの向井山朋子 : 2004年6月16日 岐阜県可児市
2007年 04月 13日  
6月16日(水)可児 晴れ

17家族の伝説

■ for family ~ うちのピアノ ≪コンサート編≫

e0114540_127428.jpg
ワークショップで全体調整に入る


 岐阜県可児市周辺で行った向井山朋子の宅配コンサート「for family ~ うちのピアノ」のコンサート編が開催される。可児市文化創造センターに到着すると、向井山がひとりカフェにいた。私と向井山は、それぞれの尾鷲での夜について少し話す。それはともにたわいもないものだった。コンサートに先立ちワークショップが予定されていて、宅配コンサートで訪れた家庭の中から選ばれた、幼児から中高年の大人までの7人が集まった。ホールには、4台のグランドピアノが用意され、向井山を含めて8人が2人ずつ着席するようになっている。彼らには、宅配コンサートの時に向井山からその印象を絵でも文でもよいから描いて当日持ってくるようにという宿題がだされており、7人はそれを譜面台の上に置く。そして、一人ずつその内容をピアノで表現することになる。そういわれても、とまどってしまう参加者が多かった。向井山は、一人一人と方向性を探る。各自の弾き方が決まると、全体での調整が1時間ほど続く。成果はこの後コンサートの時に発表されるのだ。ワークショップは終わり、ひとときの静寂が訪れる。
e0114540_1281089.jpg
ワークショップで7人の参加者一人一人と調整する向井山朋子


e0114540_1454274.jpg 夕日がなだらかな丘のかなたに沈み開演となる。まず、茂木綾子による宅配コンサートの映像が流された。車で移動する向井山の姿、家族の表情、街の風景、リビングルームに置かれた一台のピアノの前に向井山が現われ、うわぶたを開け、少し話した後、シミオン・テン・ホルトの「悪魔のダンスII」(1986)を弾き始める……。すると暗いステージに向井山が現われ、ピアノの前にすわり、同じ曲を弾き始めた。映像の音とピアノの音が重なり、やがて映像の音は消え、向井山にスポットライトがあたる。こうして、コンサートは始まった。
 2曲目の野村誠作曲、向井山編曲の「AB~for family版」は、ワークショップの成果として演奏された。7人の参加者と向井山がピアノの前に着席し、曲は始まった。向井山が短いフレーズが際限なくミニマルに繰り返される主旋律をひく。参加者はそれぞれの絵や文の印象を基にした音を出す。向井山の音と参加者の音は混ざる。濃霧に閉ざされた薄暗い海の中をゆっくりと進む船に乗っているかのような印象だった。霧の中から突如、他の船が次々に現われる。参加者たちの作る音だった。こうして、向井山は宅配コンサートを自らの曲に取り込み、人々との出会いをステージの上で再現して見せた。それは、まさに私が数日前に体験した旅でもあった。
上/茂木綾子による宅配コンサートの映像の前で演奏する向井山
下/茂木の映像作品の1シーン


 後半は、4つの曲が切れ目なく一気に演奏された。サルヴァトーレ・シャリーノの「ピアノソナタ第2番」(1983)に続き、ペーター・ヤン・ワーグマンの「エデンの庭師」(2001)より第3部、ここでシューマンの「アラベスク」(1839)を少しはさみ、佐藤聰明の「化身II」(1977)、最後は再びシューマンだった。大胆に変転する壮大な1曲に編集された4つの曲は、つなげられことにより緊張感をおびる。前の曲の余韻の中からすぐさま立ち上がっていく次の曲は刹那的でもあった。特に、印象的だったのは佐藤の「化身II」である。この最新のホールは、スピーカーを使ったエフェクト効果が可能であったため、ほんの少し遅らせてスピーカーから音を出す。いわゆるディレイエフェクトをこの曲では使ったのである。ピアノの連打によるトレモロは、この処理によってホールの中に巨大な音像を形成。それは、深い谷が風で低くうなりを上げるような圧倒的な音であり、向井山はピアノで風を操る魔神のようだった。
 拍手は鳴りやまなかった。アンコールの1曲目は、ジェフスキーの「Down by the Riverside」(1978)。田中カレンのとりわけお洒落な「テクノ・エチュード」(2000)で締めくくられた。
 可児でのプロジェクトはこれで終わった。向井山のコンサートは、17家族の伝説になり、そして、向井山と17家族の話は、街の伝説になるのだと思う。

e0114540_1523484.jpg
可児文化創造センターからの眺め。




■ for family ~ うちのピアノ ≪展示編≫

宅配コンサートで回った家のピアノの履歴書が展示。
e0114540_154301.jpg

e0114540_1544528.jpg

[PR]
by dahadahay | 2007-04-13 01:10 | スタッフ 彼是

これまでの向井山朋子 : 2004年6月17日 東京
2007年 04月 13日  
6月17日(木)東京 曇り

夜の音楽

ピアノ100% in 深川 (AAF深川アートセンターの企画のひとつ)
e0114540_245815.jpg
東京の夜景を背景にした「ピアノ100% in 深川」


 門仲天井ホールに向井山朋子のコンサート「ピアノ100% in 深川」を聞きに行く。まだ、青みの残る都心の夜景に囲まれた会場の中央に置かれたピアノを70人程の観客が取り巻くように座る。向井山が現われた。冒頭のシャリーノの「ピアノソナタ第2番」は、始まったばかりの夜に杭を打ち込むかのように始まった。向井山が「シャリーノの音楽は夜の音楽だ」というように、それは夜景にふさわしい。硬質で冷たい強固な音楽だった。連続してトゥック・ニューマンの「ソイール」。ソイールとは、ノルウェー語の方言で、動物あるいは汗の匂いを意味するという。凶暴で荒々しくアグレッシブだが、ソフィスティケートされている。曲の終盤は、まるで怒りが治まるかのように静けさが訪れるのだが、そのあたりから、曲はシューマンの「アラベスク」と細かく行き来を始め、最後はシューマンとなる。アラベスクとはアラビア風のという意味で、イスラム文化圏の工芸品や建築装飾などに見られる唐草模様を指す。「楽曲をつなぐ唐草のように置いてみた」と向井山はいう。シューマンは、シャリーノやニューマンが、私の心に入り込むために作った傷を癒すかのようだった。そして、シミオン・テン・ホルトの「悪魔のダンスII」。1930年代に、北オランダのベルゲンという海岸沿いの街に、画家や詩人たちが集まって、アーティストの街を作り、ベルゲン派が生まれるのだが、テン・ホルトは、この街の画家の息子である。「悪魔のダンスII」は、いかにも北部ヨーロッパ的な深いロマンティシズムをもつ。暗く寒い雨の朝のような雰囲気。風景を想い起こさせるところがあって、おそらく作曲家は視覚的なイメージを音楽に変換しているのだと思う。向井山が可児や尾鷲で、この曲を映像とともに演奏したのもそういう性質を生かしたのだろう。連続して、ペーター・ヤン・ワーグマンの「エデンの庭師」より第3部。この曲もまた、シャリーノやニューマンと同様に、人の心に入り込む。向井山の超絶技巧的な演奏は、身体的な激しいものだが、曲も演奏も極度に洗練されている。そして、ほんの少しシューマンが入り、佐藤聰明の「化身II」が静かに立ち上がる。この部分は美しかった。そして、ディレイエフェクトにより増幅されたピアノの音が干渉し荘厳なトランス音の音像を形成。「ピアノの連打、トレモロがディレイをかけることによって、音の粒子が干渉しあい、日蝕のコロナのように輝き、音の陰に隠された、もう一つの豊穣な音の響きを聴くことを願った」とは作曲家のコメント。私は、輝く高層ビルの背後をゆっくり上昇する旅客機の明りを見ながら、この場所が宇宙の中心であるかのような錯覚に包まれる。
 そして、ほんの少しシューマンが演奏されコンサートは終わった。
 アンコールは、ムーディーなジェフスキーの「Down by the Riverside」。
 可児や尾鷲で何度も聞いた曲目だったけれど、向井山は場所によりひき方が異なるだけでなく、曲の構成の違いによって印象は全く異なるものなり、全てのコンサートは新鮮だった。
 この日、私は、次に向井山に会う予定がないことが、寂しかった。
[PR]
by dahadahay | 2007-04-13 01:04 | スタッフ 彼是

向井山朋子 in 門仲天井ホール (2006年)
2007年 04月 10日  
編集  梅坪 弥代 「夏の旅」札幌スタッフ

2006年に開かれた向井山朋子ピアノコンサートの様子です。
e0114540_1972843.jpg

e0114540_191762.jpg


quote-1.jpg

オランダ・アムステルダム在住の向井山朋子は、音楽を含めた現代日本のアートシーンで、最も刺激的なアーティストです。
一日目(7/29)は、現代曲を楽しく大胆に演奏する「ピアノ100% vol.2 in すみだ川」。 
二日目(7/30)は“創るピアニスト”としての活躍もめざましい彼女が、イタリアで修行した新進シェフと共に音と味覚で織り成す「long night in すみだ川 コンサート/ディナー/パーティー」。 

冒険者たらん私たち観客の五感と精神に、鮮烈な体験をもたらしてくれることでしょう。
募金によって1993年に購入された<もんてん>の二代目ピアノ、スタインウェイピアノがとりもつ新たな出会いです。

quote-2.jpg

シェフの料理は素晴らしかったです。
鈴木誠 (香土cadeauシェフ)
イタリアはローマのリストランテ、そして都内のイタリアンレストラン数件でシェフ、ソムリエとして働いた経験をもとに、2005年12月 白金高輪のワインバー
「cadeau」のシェフに就任。
e0114540_19405880.jpg


AAF すみだ川アーツのれん会
e0114540_1912535.jpg

当時のイベント情報はAAFすみだ川アーツのれん会で当時のブログも見れます。
[PR]
by dahadahay | 2007-04-10 19:01 | スタッフ 彼是

北海道での for you (2004年)
2007年 04月 06日  
文  梅坪 弥代 「夏の旅」札幌スタッフ

ピアニスト向井山 朋子は、札幌で何度かコンサートをしています。

2004年、for you は、札幌を含めた北海道3ヶ所で行なわれました。
e0114540_125293.jpg

 e0114540_23373897.jpg
for you in Hokkaido
「 森 ・ 空 ・ 海 」

昨日、2004年に北海道3ヶ所で行なわれた
for you の記録映像(DVD)を初めて見ました。
私、このブログ更新者、そして、この企画初参加者にとって、これは動いている向井山朋子を始めてみる機会。

1度目は音なしで見ました。

というのは、音に集中力がいかない分、向井山氏ピアノそれを聴く一人のオーディエンス、そして空間を客観的に見ることができると感じたからです。


音なしで見ていると、まるで、向井山氏は椅子に座りながら、踊っているようでした。あるいは、舞台で演じているかのように見えました。

e0114540_1302731.jpg
ピアノに向かって、大きなジェスチャーとともに熱心に何か話しかけているようでもあり、ピアノという堅い物体に人間的に接しているようでもあり、あるいは、コンテンポラリー・バレエでダンサーが椅子などを使用して、それを自分の一部として踊るタイプのダンスのようでもありました。

e0114540_1341557.jpg

映像では、一ヶ所、一人のオーディエンスのみ撮影されています。

美唄アルテピアッツァでの女性は、背後からのビデオ撮影ということもあり(?)、終始、動かず聞き入っているようでした。雄武町では、着物姿の女性が微動だにせず腰をかけていました。 

モエレ沼公園のガラスのピラミッドでの映像では、少女が聞き、その少女は足が動き出すのが押さえきれない様子。でも、(日本流?)のきちんとした姿勢(固まった姿勢)で聞かなければ、という意識によって、動き出したい揺れだしたい自己を押さえているように見えました。

演奏者がダンサーのような動きをし、劇的な音楽を演奏すると、聞く側も体が動きたくなることは自然なことのように感じるのですが。。。。

e0114540_140929.jpg

今回の「夏の旅」札幌のオーガナイザーでもあるS-Airの柴田氏が、2004年 for you を企画した時のコメントです。

 「森」は森の梺の古い校舎に彫刻と幼稚園が共存する美唄のアルテピアッツアを、
「空」はイサムノグチ考案の札幌のモエレ沼公園の中にあるガラスのピラミッドを、
そして、
「海」は日本でもっとも東に面するオホーツク海を望む朝日の名所、雄武町にある日の出岬展望台を舞台に決めた。


ピアニストと観客が二人だけ15分ずつのコンサートというユニークなこのプロジェクトでは、ピアニストとともに観客も主役だ。そしてこの北海道バージョンでは、観客は三つの空間から自分がピアノと向かい合う場を選ぶことになる。

ピアニスト向井山、もうひとりの主役である観客がピアノを通じてひとつの特別な出会いをつくり出す。北海道の大自然を背景にして。


ディレクター 柴田 尚


実は、向井山朋子氏ご本人が、映像や写真にて演奏会の記録を許可したことは少ないのです。
quote-1.jpg
コンサート中、演奏する側と聴く側の間には確実にエネルギーの交換が起こる
けれども、それは終わると、はかなくどこかに散ってしまう。あえてドキュメントとして残さないのが美しいからです。
quote-2.jpg

向井山朋子氏は、このエネルギーはどこにいくんだろう。。。ということを考え、自らの作品
の記録も考えるものの、今は納得できる方法を模索しているようです。。


■ LINK ■  特定非営利活動法人 S-AIR
           for you in hokkaido 「森・空・海」
[PR]
by dahadahay | 2007-04-06 00:40 | スタッフ 彼是

“for you” について - 向井山 朋子HPより
2007年 03月 27日  
“for you”ストーリー


10年くらい前、その頃よく共演していたドイツ人のアコーデオンニストに面白い話を聞いた。彼はスカンジナビアでソロのコンサートツアーをしていたのだが、ある晩の演奏会が運悪くサッカーの試合と重なってしまい、開演になってステージに上がってみたら、ホールにはたった一人の女性の観客を除いては誰もいなかった。そこで彼は舞台から降りていって、彼女と握手して自己紹介をし、プログラムから一曲、彼女の選んだ作品を演奏した、というのだ。

―[音楽をどう知覚するか][音楽体験を空間とどう結びつけるか][音楽を媒介にした、従来とは違った観客とのコミュニケーションは可能か]という問いを近年のプロジェクトを通して投げかけてきた向井山朋子は、2003年秋、”for you’’というラディカルなコンサートをオランダ、ハーレムの市立劇場において発表した。

‘’for you’’はピアニストが一人だけの観客の為に約15分、演奏を行うリサイタルシリーズのタイトルだ。演奏時間が短い事と、複数の観客を対象としていない点を除いては、従来のフォーマルなコンサートと何ら変わりはない。
観客は例えば、11月3日16:20といった、まるで歯医者の予約のようなチケットを手にしてコンサート会場に足を運ぶ。しかしそこには観客と同体験を共有する友人、家族、評論家、録音などコンサートの証人となるようなものは何もない。
その空間には音楽、演奏者そしてその一人の観客がいる(ある)だけだ。
観客は一瞬のうちに、そこで聴かれ、感じられ、体験される音楽の受動、を可能にするのは自分だけだ、ということを理解する。さらに観客はその場所で、そこに座っている自分と自分自身の個々の内的体験の歴史、それまで培ってきた感受力のみがコンサートを成立させているという事実と対峙する。

ア-ティストから〈for you〉として発せられたメッセージは、〈about you〉という個々の観客自身の物語となり、音楽から静かに遊離していく。 
あわよくば〈for me〉となって演奏者に向かって語られるだろう。
閉じられた劇場の中で記録がとられる事なくドラマが綴られていく、
それが”for you”だ。

向井山朋子
e0114540_1325183.jpg


● オリジナルの英文 ●

About ten years ago, I heard a story from a German accordionist
with whom I used to perform a lot at that time. He was giving
solo concert tour in Scandinavia. At one night, however, the
concert was held unluckily on the same day when they had a big
football match, and when he showed up on the stage, there was
only one woman in the audience and no one else.
Then he walked down from the stage and shook hands with her
introducing himself and played one piece that she chose from the
program.

Through her latest projects, Tomoko Mukaiyama has been raising
the questions such as “How to perceive music”, “How to connect
musical experiences with space”, and “new communication with
audiences through the media of music differently from orthodox
concert”. In fall of 2003, Mukaiyama gave radical concerts titled
“for you” in municipal theater in Haarlem, Netherlands.

“for you” is the title of the recital series in which the pianist
performed for only single audience during fifteen minute-period.
Except the fact that the performance time is short and that the
targeted audience is not plural, the concert does not differ from
ordinary concerts at all.

For instance, an audience comes to the concert hall holding a
ticket stated at 4:20 pm, November 3, just as an appointment
with your dentist. However, there was not single witness of
the concert such as friends, family, critics and recording with
whom you share the experience in that space.

There exist only music, a performer and a single audience.
The audience instantly realizes that he/she is the only person
who makes perception of hearing, sensing and experiencing
the music there possible. Moreover the audience confronts
with the fact that only he/she, who is sitting there, and the
history of his/her inner experience, and the sensitivity he/she
has been acquired could complete the concert.

This is why the message, which has been sent out from the
artist as “for you”, possibly becomes the tale of individual
audience’s as “about you” and silently disengages from the
music. In the closure theater, there are two people telling
a story to each other without document– that is “for you”.

向井山朋子のHPをもっと読みたくなりませんか? 上記の画像はHPからですが、HPではより多くの画像や説明があります。

私は、彼女の生演奏に好奇心がそそられます。

横浜トリエンナーレに際して、向井山朋子インタヴューが下記のサイトで見ることができます。
■ 2005年10月7日 
向井山朋子“for you” -ピアノリサイタル
■ 2005年10月14日
横浜トリエンナーレ参加作家 ピアニスト 向井山朋子 来日インタビュー
[PR]
by dahadahay | 2007-03-27 23:47 | スタッフ 彼是

向井山朋子 活動記録
2007年 03月 26日  
文・画像   梅坪 弥代 「夏の旅」札幌スタッフ

向井山朋子氏の主なヨーロッパでの活動を図にしてみました。
e0114540_23522380.jpg

2007年4月、ネーザーランドダンスシアター(NDT)と一緒にツアーをしたバルカン半島(ブルガリアやルーマニアのある、ヨーロッパ南東部、地中海と黒海との間に突き出た半島)。
この時の記事は、ブログのカテゴリ、 「現在進行形の向井山朋子」 を選択すると、滞在地からメールで送られてきた向井山氏による記事を見ることができます。


e0114540_061362.jpg

日本でも、数々の興味深いパフォーマンスを行っています。
こう見ると、北海道と中部地方が今までは集中していたように見えます。
今回の「夏の旅」プロジェクトは、その中部と北海道を繋ぐ、星座のような線となっているのを実感。

今後、向井山氏の過去の活動(一部)を、このブログで紹介していく予定です。
[PR]
by dahadahay | 2007-03-26 10:12 | スタッフ 彼是

about ブログ編集者・デザイン担当者
2007年 02月 07日  
□ ブログ編集者、記事作家・デザイン担当者 □

Yayo.jpg


「夏の旅」プロジェクト 札幌スタッフ 梅坪 弥代

短大卒業後、約10年間商社に勤務。
退社後、9ヶ月かけ、ヨーロッパ11ヶ国で300ヶ所以上の美術館や遺跡を巡り記録をとる。将来、ART関連の仕事をしたく、2年間、英国のCity and Guilds of London Art School と Glasgow大学で、美術と美術史を勉強。今秋よりカナダ大学に入学し、美術史を専攻予定。

カナダ大学入学前の現在、S-Airで英訳とAAF「夏の旅」のプロジェクトに従事。
「夏の旅」プロジェクトでは、5地域を巡り、そのレポートとともに、AAFの別プロジェクト四万十のサウンド・スケッチ(高知県)で8月に報告会を行う予定。

mail : Yayo
[PR]
by dahadahay | 2007-02-07 15:37 | スタッフ 彼是

カテゴリ
全体
■「夏の旅」 日程■
東京都 門仲
宮城県 仙台市
山形県 白鷹町
岩手県 一関市
北海道 札幌市
現在進行形の向井山朋子
English Information
スタッフ 彼是
以前の記事
タグ
Link




Mukaiyama.jpg

wasted_3.jpg




■ 主催 ■


2007sumida-logo-2.jpg





■ 特別協賛 ■

asahi-logo.jpg


アサヒビールメセナ 
22号
(2007年12月3日発行)


Yayo.jpg


■ 助成 ■

zaidan-logo.jpg


koninkrijk.jpg

Gaudeamus.jpg


■ 協力 ■

Tomoko Mukaiyama Foundation



□ その他 □

 


□ ブログ 管理者 □
Yayo.jpg
フォロー中のブログ
ライフログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
Japan-map-line1.jpg
  「夏の旅」 2007 
Top