このプロジェクトを開催する5つのまちが運営するブログです。

2007年春のある日、東京、宮城、山形、岩手、北海道でまちの音を採集する目的で有志が集まった。砂利道を踏む足音、鬼ごっこをする子供達、ラーメンをすする音、新幹線のアナウンス、いつもは気にもかけない様々な音に耳を傾け、選択し、マイクでひろっていく。
7月に全国5地域をツアーするピアノコンサート『夏の旅』ではアーティスト向井山朋子がこのまちの音を編集し、『即興曲』を中心とするピアノ音楽のパートとして編み込んで新しいシューベルトを発表します。

   ◆ 各地域の コンサート情報はこちらから ◆

東京都 江東区 宮城県 仙台市 山形県 白鷹町 岩手県 一関市 北海道 札幌市


 旅に出るといつも考えることがある。
 知っている、ってなんだろうって。
 知っていたつもりだった事柄が、一瞬のうちに無効になったり、
 知らない場所の知らない人たちに妙に親しみを覚えたり。

 誰もが聴いたことのあるシューベルトの即興曲に、そこに住む人たちが
 集めた街の音のサンプルを織り込んでいく。
 それは東京から始まって、北に進む旅とともに少しずつ形を変え続ける。
 ゆっくりと、私達が「知る」まえに。
                                        向井山朋子




カテゴリ:スタッフ 彼是( 19 )
 

各地 コンサート入り口
2007年 08月 02日  
各地 コンサート入り口に置かれていた「デビルの絵」―― Kiriko さんがアルベルト・ジャコメティの「歩く人」の絵はがきの上に描いた絵 ―― をまとめてご紹介します。

■ 東京 ■
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写真  梅坪 弥代 「夏の旅」 札幌スタッフ


■ 仙台 ■
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写真  吉川 由美 「夏の旅」 仙台スタッフ


■ 山形 ■
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写真  梅坪 弥代 「夏の旅」 札幌スタッフ


■ 岩手 ■
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写真  梅坪 弥代 「夏の旅」 札幌スタッフ


■ 札幌 ■
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写真  小牧 寿里 「夏の旅」 札幌スタッフ

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by dahadahay | 2007-08-02 22:11 | スタッフ 彼是

向井山朋子 札幌入り
2007年 07月 25日  
文・写真  梅坪 弥代 「夏の旅」 札幌スタッフ


S-Air主催、レジデント・アーティストの歓迎会に、向井山朋子がゲストで参加しました。
二人の招聘作家(アメリカ人、メキシコ人)と、ゲストである、スペインからの写真家、イタリア人アーティストと向井山朋子、さらに今年から市立大学メディア・アート学部助教授のドイツ人、多くの札幌出身のアーティストらを囲み、パーティーは盛り上がりました。

そこでパチリ。
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札幌を離れ、京都へ旅立ち、「夏の旅」公演には来ることができない2人のヴィジュアル・アーティスト(スペイン人とメキシコ人)に、この「夏の旅」の説明を具体的に話していた時、不思議なことですが、「夏の旅」の私の印象が明確となりました。

物を作る、物を使用する作家(ヴィジュアル・アーティスト)によるインスタレーションでは、音を使用していても、それらは主に視覚を先に刺激する(ことを意図された)作品です。
訪れ見に来た人は空間の一部となり、作品の一部となるとしても、「作品」と「見る側」であって、「作家」と、「作品」と「見る人」を含めたインスタレーションにはなりません。もしかしたら、それは「作家の分身」と「見る人」であるかも。作家の分身の方が、作家本人より語ることが多いという印象です。

一方、今回の「夏の旅」では、何かエネルギーのようなものが作品(ピアニスト)からそのまま作り出され、その渦は場所、空間、人、それぞれの思い出などを巻き込みます。参加者がインスタレーションの一部となるため、一般的な演奏会のような「ピアニスト」と「聴く側」の境界線はありません。
  そして、ピアニスト本人なくしては、作品になりえない。
  しかしながら、曲中、時に主人公はピアニストとは限りません。
もしかしたらそれは、地域に実際に住む人々がワークショップで採集したまちの音を、向井山朋子がリミックスしたことにも関係しているでしょう。採集した音をCDなどで聴く場合、通常、生の音に鮮度的には勝るのは難しい。本物らしく聴こえるようにすればするほど、嘘っぽくなることもあります。それとは対比的に、「夏の旅」では、向井山朋子による生のピアノの音によって採集済みの(今年の春の)まちの音が生き生きとして聞こえます。

「夏の旅」では聴覚だけではなく、視覚も重要な要素です。会場によっては嗅覚も影響を受けているかもしれません。

ピアニストが作品の中央であるのだけれど、曲が始まると生まれるその見えない空気、気の流れは、通常のピアノコンサートで味わえない感触と余韻を残します。

あ、コンサートについて話しすぎていますね。最終公演(7月27日 札幌)がまだ終わっていないというのに。。

でも、今晩あらためて、「インスタレーション」と一言で言っても様々な方法があると実感しました。
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by dahadahay | 2007-07-25 23:58 | スタッフ 彼是

宮城県・山形県での「おいしいごはん」
2007年 07月 22日  
文・写真  梅坪 弥代 「夏の旅」 札幌スタッフ 

今回、おいしくてまた食べたい!と思った「たべもの」について書きたいと思います。

○ マグロ、ヒラメ、赤貝、ほっき貝、ホタテなど
仙台スタッフが手巻き寿司パーティを開いてくれました!
塩釜・閖上でとれた魚介類の鮮度のよさに感動。
こんなに活きのいいお刺身をいただいたのは久しぶりです。
 
○ 湯澤さん家の「丸茄子漬け」
山形公演後の打ち上げでは、地元の方々、スタッフによる馬刺しなどの豪華な食材、みずみずしいどりいむ農園のトマトなどがテーブルに並べられていました。
中でも、湯澤さん家の「丸茄子漬け」は最高でした! ほおばりました。

e0114540_1305045.jpg○ お葛かけ
山形スタッフご実家(仙台)の夕食に招かれました。
宮城県で食べられる汁料理の「お葛かけ」は初めての味。
それぞれの郷土料理があることの素晴らしさを感じました。
仙台の「長茄子漬け」も美味しかったです。


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● 余談 ●
コンサートの会場の特色や公演雰囲気には毎回驚くものの、スタッフの家にホームスティしながら作業をしていると、違う土地にいるという実感が薄いのが本音です。(どこに行っても会うのは日本人ですし、風景も見慣れたものとそれほど変わりません。実際、パチンコ屋を見ると現実に引き戻されます。) でも自分の住みなれた場所にはいない。それで、「ここはどこ?」と自分の居場所を確認したい思いになることがあります。
しかしながら、郷土料理や方言を通じて、日本文化の奥の深さが五感を通して体に浸み、今後の海外での生活では宮城県、山形県でいただいたごはんを懐かしく感じると思います。
それほど、おいしかった!
地元の方々、スタッフの皆様、ごちそうさまでした。


e0114540_1321855.jpg◇ 追記 ◇

▽ びっくり デザート ▽

大きな カキ氷
山形県米沢市にあるフルーツパーラーキヨカで、メロンサイズ並みの大きな氷水をいただきました。

果物の味が生かされたカキ氷は、あっという間に私のお腹に入ってしまいました。
写真  「ブルーベリー氷水」
千田 祥子 「夏の旅」 山形スタッフ

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by dahadahay | 2007-07-22 10:00 | スタッフ 彼是

小野川温泉(山形県 米沢市)での宿泊
2007年 07月 21日  
文・写真  梅坪 弥代 「夏の旅」 札幌スタッフ 

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「夏の旅」山形スタッフ斎藤直子さんの小野川温泉 うめや旅館で20日の夜お世話になりました。
温泉は大好きで、今までは乳白色や茶色の濁り湯に効果があるような気がしていました。とは言え、入浴後、肌の乾燥に変化を感じたことは特にありませんでした。

しかし、

この「うめや旅館」の温泉は透明で、ほんの20分の入浴でも肌がしっとり。体は中からポカポカ。こんな即効性は初体験です!
飲料用もあると掲示されていたのですが、皮膚の感触に感動し、入浴後まで待てず、お風呂に注がれていた源泉を飲んでしまいました。

温泉について 
http://onsentamago.com/umeya/sisetu/ofuro/ofuro.html

山形の夜は肌寒く、入浴後の地熱発電が体にあるような感覚が心地よかったです。
(東京から今回の公演で北上していますが、不思議なことに北の地、札幌が今は一番暑く天気も良いようです。)
何より、化粧品なしでも大丈夫なほど肌がしっとりでした。

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by dahadahay | 2007-07-21 16:31 | スタッフ 彼是

pen・・・オランダ特集
2007年 07月 07日  
文  梅坪 弥代 「夏の旅」 札幌スタッフ

「雑誌に、向井山朋子さんのオランダでの住まいが載っていました!」

と、今年4月の音採集ワークショップ参加者から連絡をもらいました。

その雑誌は、 Pen with New Attitude (2006年10月1日: No.184) 。
実際、向井山氏宅の内装も外装も素敵です!!

その方からお借りした雑誌 Pen with New Attitude 10月号は、「いま最も刺激的なデザインは、この国にある! オランダの旅へ。」と題し、オランダの生活の中での芸術的発想の遊びやデザインのかっこよさが様々な角度で特集されています。

今すぐにでもオランダに行って、アートを感じたくなるほどの楽しいアイデアが散りばめられているのを感じます。 

向井山 朋子「夏の旅」~シューベルトとまちの音~のチラシも、オランダのグラフィックデザイナーKatja van Stiphout氏によるものです。
向井山朋子氏の写真は、愛娘Kirikoさん撮影。

オランダの街に立って、アートの風を感じたいです。
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by dahadahay | 2007-07-07 23:20 | スタッフ 彼是

向井山 朋子HPが変わった!
2007年 07月 04日  
最近、向井山 朋子HPの初めの写真が変わったことに気づきました。

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by dahadahay | 2007-07-04 00:06 | スタッフ 彼是

頭の中で交差する 今と200年前
2007年 06月 30日  
文  梅坪 弥代 「夏の旅」 札幌スタッフ

1年くらい前のことだが、シューベルト似の男性に半年くらい口説かれ続けた。
眼鏡をかけ、カーリーヘアーでぷっくりし、でも、背は高いイギリス男性。
オーストリア人ではない。

その男性はArtistであり、勉強は熱心だったが、彼の作品にも惹かれなかったし、彼女もいたのに口説く男として、この件は、私にはどうでもいいことだった。

こんなことは通常忘れ去られてしまうことだが、シューベルトのことを考えると、連想ゲーム方式で時々思い出す。
そして、このイギリス人のおかげか、200年前の人物が、ついこの間まで生きていたかのように感じる。肖像画を通して今見ることのできる、シューベルトの「感情の出ていない表情」だけではなく、笑い顔、真剣な顔が想像できるからであろう。。

「シューベルトの早い死を どうにかできなかったのであろうか。。。」と ふっと思う。

シューベルトは内的衝動から作品を書き、パトロンからの依頼をとることではなく、つまり、パトロンに依存せずに(できずに)、出版社に依存した。指揮者や音楽監督のような市民社会での保証を得る試みに失敗したのは、市民的な生活の束縛への妥協ができなかったのかもしれない。。完全に自由に制作したいという内的衝動があまりに強かったから。

友人の宿をつぎつぎ泊まり歩いたり、時には下宿をしてみたり、あるいは地方貴族に雇われての数ヶ月の家庭教師。。。自分をどこにいても“よそものだ”を感じていた人の音楽とも言われている。

シューベルトが結婚していたら、何か変化はあったであろうか?
定住し、家庭のためのエネルギーは 作品にどんな影響をもたらしたであろうか?

「もし、人(男)が、真の男友達を持つなら幸せである。 自分の妻に真の友人を見いだせるならより幸せである。」とシューベルトは書いている。

シューベルトには心に秘めた女性がいた。
残念ながら当時は、シューベルトクラスの若者が、家族を養う十分な収入の証拠なしでは結婚ができない時代であった。
メッテルニヒ政権によって1815年3月には公表された厳しい新法律では、シューベルトのような“school assistant(教員アシスタント)”として公的書類に載っている身分では結婚できなかった。

ウィーンに住む者で、
【貴族。官僚・公務員。大学院資格、など上級学位所有者。(公立学校や教育機関の教授や教員。) 弁護士(弁護士事務所で働く人。) 大家、地主。会社や工場所有者。】
これらに属する人々は、当局から結婚許可を必要としない。それ以外は結婚前に許可を申請すべし。

この枠で言うなら、私も結婚できない。


吉田秀和氏は「誰から注文されたわけでもないのに、音楽を書き、いつ演奏されるというあてもないのに音楽を書くということは、モーツァルトにも、ベートーヴェンにも、非常にまれな場合のほかには考えもおよばないことであり、彼らの作品は社会の中で消化される仕組みの中にあった。」 

シューベルトの作品は、溢れ出てくるにもかかわらず、当時の社会で消化されず。
シューベルトは、家庭という内なるものも、新法律などの社会状況ゆえ築けず。
さらに、極めつけは、治る見込みのない病にかかる。

その絶望感が、音楽を通して昇華されているかもしれないことに、あらためて様々なことを考えさせられる。
そして、これを書きながら、ゴーギャンを思い出す。
社会と家庭の両方で絶望感を持つ芸術家は時に、美しい作品を生み出す。。
このギャップは、実はここ数年気になっていることである。。



参考文献 : 
・ シューベルト ―音楽的肖像― アルフレート・アインシュタイン著、 浅井 真男 訳、 白水社
・ 吉田秀和作曲家論集 2 Franz Schubert、音楽之友社
・ The Peacock’s Tale : Schubert’s Sexuality Reconsidered, Rita Steblin, 19th-Century Music, Vol.17, No.1, Schubert (Summer, 1993), P.6.7

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by dahadahay | 2007-06-30 21:23 | スタッフ 彼是

大きな円の弧をイメージすること
2007年 06月 27日  
文  梅坪 弥代 「夏の旅」札幌スタッフ
写真協力 S-Air

2003 年9 月に、向井山朋子氏は、「リビングルーム」(写真)というアットホームな ミニディナーショーを、札幌のギャラリー門馬で開催しました。
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そこでは、向井山氏自らがオードブルやスープを調理し、訪問客に振舞いつつ、レシピなどを紹介しながら、訪問客とともに、味見し、飲み、おしゃべりし、ピアノを弾きました。 その時のブラジル産の小麦粉で作った、ブラジル風パンは非常に好評だったとのことです。
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そのギャラリー門馬の主宰者であり、美術家の門馬よ宇子さんがこの6月18日に永眠されました。

50代で本格的に美術に目覚め、北海道をリードする女流画家として活躍し、80歳を越えギャラリー門馬を設立、晩年は若手芸術家への支援など、北海道美術シーンの発展に情熱を注いだ方と聞いています。

私は一度しかお話していませんが、 10 代から30 代の40人以上もいる熱気あふれる若者の中で融けこんでいる門馬さんを見ました。門馬さんの考え方のエネルギー、体から出るエネルギーは芸術家、芸術に惚れ込んだ人たちの中で 融けこんでいました。

お話した際、若さや「嬉」を香らせていた門馬さんに励まされたことが印象的でした。

この仕事に携わるキッカケも、シューベルトの曲が使用される、ということと、「リビングルーム」の会場がギャラリー門馬であったことが大きな要因です。

今日の読売新聞( 2007年6月26日付 朝刊 )を読みながら、門馬さんを思い出しました。

日野原 重明氏によると 
"父がロバート・ブラウニングというイギリスの宗教詩人の「大きな円を描きなさい。そして、その弧になりなさい」という詩の一節が好きだった。小さな円は自分が生きているうちに完成できるけど、それよりも、大きな円を描いてその弧になれば、あとからだれかがその弧を伸ばしてくれるでしょ。僕もそんな生き方を目指しているの。"
~ 14面 「時代の詳言者」より~

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by dahadahay | 2007-06-27 12:52 | スタッフ 彼是

「シューベルトには神の火花が宿っている!」 
2007年 05月 13日  
e0114540_1674487.jpgAustrian composer, Franz Peter Schubert
(January 31, 1797 - November 19, 1828)

オーストリアの作曲家、フランツ・シューベルト 
(1797年1月31日 ~ 1828年11月19日)



「シューベルトには神の火花が宿っている!」 by ベートーヴェン 1

文  梅坪 弥代 「夏の旅」札幌スタッフ

31歳で他界したシューベルトだが、その作曲数は膨大である。例えば、総数595曲2 のリートや600曲弱のピアノ曲。

私見だが、今回、なぜ「シューベルトとまちの音」なのか、なぜ、「ベートーヴェンとまちの音」や「ショパンとまちの音」ではないのかという疑問、なぜ自宅で聞いているとシューベルトの曲は聞き流してしまうのか、という疑問に突き動かされてシューベルトに関する本を読み、3冊目で非常に興味深い本、村田 千尋著 「シューベルトのリート 創作と受容の諸相」と出会う。


シューベルトの音楽は、当時の標準からは“はずれていた”ようである。 
というのは、細部の具体的な描写ばかりか、登場人物の心情、情緒性まで表現したから。 細部の具体的な表現とは、ピアノで馬の蹄を巧みに表現したり、烏の不気味さと不思議さを表現したり、あたかも雲の切れ間から陽光が差し込み、水面が明るくなっていくかのような表現。例えば、<粉挽き歌曲>の“第1曲<さすらい>では、水の流れと足音を模したピアノ伴奏に乗って、同じ旋律を5回も繰り返す。3 ” “<どこへ?>と<涙の雨>では、調のゆらぎが、感情の変化を表現している。4

つまり、シューベルトは、古典的な手法を超え、リート の分野で新たな局面を開く意義を担った。

シューベルトの場合、伴奏はさらに重要な役割を担っている。 彼が描いている水音や馬の足音、嵐は、単なる情景描写に留まるのではなく、詩の情緒、その場の雰囲気や主人公の感情をも映し出し、心情描写となっているのである。例えば、<水車屋の娘>における水音や水車の音は、主人公の朗らかな気分と未来への期待を表し、<魔王>における馬の蹄と風の音は、無気味な雰囲気と子供の恐怖を反映している。

ここで重要なことは、シューベルトはその場の雰囲気や心情を、一つの固定したものとして描いているのではなく、刻々と変化するものとして捉え、足音や嵐を描写することによって、感情の変化を描き出しているということである。<若き尼>における嵐と雷は、不安とそれに打ち勝つ信仰の心を描き、<糸を紡ぐグレートヒェン>における糸車の音は幸福感と不安の入り交じった気持ちの高ぶりを描いているのである。ここに、旋律の朗誦性と伴奏の描写性が合わさり、いわゆる「情緒リート」が誕生することになる。6

シューベルトのリズムにおいても、
シューベルトが選んだリートの題材には、旅に関わるものが多い。異国への憧れと郷愁は、ともにロマン派の主要なテーマであったから、シューベルトがこのような題材を多く選んでいることも、別に驚くに値しない。当時の旅は、馬車を使うのでなければ、徒歩に頼るしかなかったわけで、シューベルトと限らず、リートの中に歩行のリズムが出てくることがしばしばある。すなわち、等拍的な「歩みのリズム」である。7

例えば、 さすらいに関わる2つの歌曲集に数多く現れ、特に<冬の旅>では、冒頭から8分音符が等拍的に連打されている。また、<巡礼><さすらい人の月によせる歌>などにもみられる。
ところがシューベルトは、もう1種類、旅や歩行を表すリズムを用いている。すなわち、強・弱・弱 (長・短・短)というダクティルスのリズムである。例えば、<草原の歌>や<別れ>D957,7では、このリズムが速いテンポで示され、軽快な歩み、快活で、元気のよい旅を表している。

一方、<さすらい人の夜の歌Ⅰ><さすらい人><さすらい人の夜の歌Ⅱ>では、遅いテンポのダクティルスによって、旅に空き、疲れ果てた様子が描かれている。旅は同時に時の歩みも意味する。<星>におけるダクティルスは、まさに時を示す利用法の好例であろう。そして、<死と乙女>における遅いテンポのダクティルスは、旅の果て、人生の終着駅としての死を表現するリズムと考えることができる。8

旋律形成において、従来のような詩の韻律に従った、平易で滑らかな旋律線に代わって、詩を『語る』ことを主眼とし、韻律に忠実であることを前提とした上で、言葉の意味内容、そこに含まれる感情、情緒の表現を目指した。朗誦的な旋律を多く用いるようになっている。。9

村田氏によると、“リートとピアノ曲との違いは、前者が生涯にわたって、ほとんど切れ目なく作曲し続けたのに対し、後者は、同じく生涯にわたって作曲していたとはいっても、何回かの特定時期に集中して作曲する傾向がみられるということであろう。10”とある。リートで、シューベルトが表現している手法は、シューベルトというフィルターを通して曲が生まれているので、多かれ少なかれ、ピアノ曲でも使われていることがあるように考える。

そして、時にシューベルトのピアノ曲はあまりに状況描写にすぐれているのではないか、と考えてしまう。シューベルトの曲CDをかけていても、何かに気をとられているうちに曲が終わってしまっていることが多い。日常多くの音に囲まれて暮らすことや、我が家にあるCDが劇的な曲ではないため、空間、空気の一部の曲、心地よい音になってしまうのか。。

もちろん、その印象はあくまでも曲、その曲をひくピアニストの解釈によるであろう。

シューベルトの演奏について、シューベルトの友人ガーヒーは、
“私の小さな太ったパートナーの純粋なよどみのない演奏、自由な解釈、ある時は繊細である時は火のようにエネルギッシュな弾き方が、私に大きな喜びを与えてくれたのです。11
と述べている。

上記で私が関心を持ったこと以上、あるいは全く別のことを、向井山朋子氏は考えているであろう。しかしながら、個人的に、「夏の旅」プロジェクトの活動を通し、シューベルトが生きた環境や、当時の音楽発展のうねりを少し感じられたことは非常によかったと思う。というわけで、今、4冊目に入っている。


追記 : 

一般的に、シューベルトはリートを思いつくがまま一気に書き上げてしまう傾向にあり、作曲にあまり悩まないことが知られている。フォーグルなどは、シューベルトの作曲法を「音楽の透視術」と呼んでおり、この考え方は、当時、かなり広く受け入れられていたように思える 。12

シューベルトは言っている。
「うん、これは詩がいいんだ。そういう場合にはすぐに気が利いた音楽が浮かんでくる。メロディが流れ出てきて、それは本当に楽しい。・・・詩が悪いと何も出てこない。それで苦しむことになるわけだし、それで出て来るのも無味乾燥な代物ばかりだ。ぼくはもういままでに随分たくさんの押しつけられた詩を突き返したよ。」13
 
チャールズ・オズボーンによると、“シューベルトは少年期、青年期と成長するにつれ、これまで以上に内向的で瞑想的な生活を送っていた。自分の外の世界に言葉を発することは稀で、ほとんど楽譜でしか自己表現しなかった14 ”  

シューベルトは居場所を転々としていたからだとしても、シューベルトの家にピアノがなかった(!!)にもかかわらず、これだけ膨大な数を短い人生の中で作りあげたことには、ただただ驚きである。 


---- footnote ------------------------
1 【シントラーの報告『回想』 377ページ以下 】 P.27, シューベルトのリート 創作と受容の諸相, 村田 千尋, 音楽之友社, 1997
2 未完成を含む
3 P.79 同上
4 P.81 同上
5 「リート(Lied)」 : ドイツの芸術歌曲。詩とピアノ伴奏が一体となって、深い情感を表現する。18世紀後半におこり、19世紀にはドイツ独自の重要な声楽の分野となった。 (msn国語辞書より)
6 P.39 同上
7 P.43
8 P.44
9 P.36-37
10 P.114
11 P.174
12 P.109
13 [A.ヒュッテンブレンナーの伝える言葉『回想』220ページ以下] P.109
14 シューベルトとウィーン Schubert and his Vienna by Charles Osborne, チャールズ・オズボーン 著 / 岡 美知子 訳, 音楽之友社, 1995
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by dahadahay | 2007-05-13 15:59 | スタッフ 彼是

アサヒ・アート・フェスティバル2004年を巡る旅 : 6月のこと
2007年 04月 13日  
1ヶ月にわたり3万人を超える観客を巻き込み、全国で展開した2004年アサヒ・アート・フェスティバル。この大企画を全部巡る旅を行ったラウンドスケープアーキテクト・フォトライター竹田 直樹氏の記録の中から「向井山朋子のコンサートの記録」を4回に分けて紹介させていただきます。

e0114540_2481617.jpg(1) 2004年6月8日 岐阜県可児市
   for family ~ うちのピアノ 
   ≪宅配コンサート編≫ 


(2) 2004年6月13日 三重県尾鷲市
   my life / your life 
   アムステルダム/尾鷲


(3) 2004年6月16日 岐阜県可児市
   for family ~ うちのピアノ 
   ≪コンサート編≫ 


(4) 2004年6月17日 東京
   ピアノ100% in 深川
 (AAF深川アートセンターの企画のひとつ)


出版社 : マルモ出版  「まちにアートの風が吹く

まちにアートの風が吹く
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by dahadahay | 2007-04-13 02:16 | スタッフ 彼是

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