このプロジェクトを開催する5つのまちが運営するブログです。

2007年春のある日、東京、宮城、山形、岩手、北海道でまちの音を採集する目的で有志が集まった。砂利道を踏む足音、鬼ごっこをする子供達、ラーメンをすする音、新幹線のアナウンス、いつもは気にもかけない様々な音に耳を傾け、選択し、マイクでひろっていく。
7月に全国5地域をツアーするピアノコンサート『夏の旅』ではアーティスト向井山朋子がこのまちの音を編集し、『即興曲』を中心とするピアノ音楽のパートとして編み込んで新しいシューベルトを発表します。

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 旅に出るといつも考えることがある。
 知っている、ってなんだろうって。
 知っていたつもりだった事柄が、一瞬のうちに無効になったり、
 知らない場所の知らない人たちに妙に親しみを覚えたり。

 誰もが聴いたことのあるシューベルトの即興曲に、そこに住む人たちが
 集めた街の音のサンプルを織り込んでいく。
 それは東京から始まって、北に進む旅とともに少しずつ形を変え続ける。
 ゆっくりと、私達が「知る」まえに。
                                        向井山朋子




ピアニストによる作品の創造~向井山朋子の行方をめぐって (3)
2007年 06月 16日  
文  藤井明子 (愛知芸術文化センター愛知県文化情報センター主任学芸員)

2、コンサートという形の作品を創る

 そして向井山の活動は、この1、2年でさらに明確な方向性を持ってきている。それは、コンサート自体を舞台作品のように自分の作品として創り始めたということである。

 コンサートを、会場に入ったときから公演終了後に会場を出るまでを一つと考え、舞台美術、照明、休憩時を含めトータル的に演出する音楽家は少なくないが、それでも多くの音楽家は、演奏については一曲一曲の音楽作品(それが本人の作曲による場合もあるが)を演奏すると考えているだろう。

 それに対し向井山は、たとえば、2002年に東京・オペラシティ小ホールで開催した「B→C」シリーズでのコンサートや2004年に岐阜県可児市文化センターで開催したコンサート「for family」では、数人の作曲家の作品を演奏しているものの、一曲の演奏が終了した後、椅子から立ち上がってお辞儀をすることはなく、数秒間弾くことを止めただけで、すぐさま次の曲の演奏を開始した。もちろん休憩はない(注3)。この点について、可児市文化センターの「for family」終了後、向井山は楽屋での友人との会話のなかで「なんだか途切れてしまうので嫌なの」と答えていたが、これは、開演から終演までの時間を文字通り一つに統合し、音楽的に連続した時間感覚を創り出そうとしたと考えられる。

 そして2005年に愛知芸術文化センターで開催した公演「sonic tapestry II」(注4)では、もっとはっきりとコンサートが一つの作品として認識されていた。

 当初(2005年2月)、愛知芸術文化センターが向井山に委嘱したのは、「ピアノ、身体、エレクトロニクスというテーマでのソロ・コンサート」だった。これに対し、2005年2月に向井山から来たEメールでの最初のプログラム案は、「5、6曲を演奏し、映像を用いたコラボレーション作品もある」という通常のコンサートの形式だった。それが5月半ばに、向井山は、「全体を一つの『sonic tapestry II』」という作品として考える」と表明し、7月に演奏・映像・ノイズ・照明が一体となったタイムテーブルが提出された。

 この公演のために、向井山は、まず映像作品『haar/haar(オランダ語で「彼女の/髪」の意)』を作成し、その映像作品を、インスタレーションとして舞台美術に用いて空間を形成するとともに、映像作品の時間の枠組みを、そのまま公演の時間の枠組みとして用いた。60分の『haar/haar』は、向井山の髪や体毛の映像と何も映っていない黒みの部分、無音の部分とノイズ音から構成されている。そして黒みや無音の部分に、照明やピアノの演奏をモザイクのように織り込んでいったのである。「sonic tapestry II」はコンサートのタイトルであったが、ここでは時間および空間構成すべてが明らかに彼女の作品であった。向井山が演奏したのはそれぞれの曲の断片であり、一曲も最初から最後まで全部は弾かなかった。この公演のなかで行われた音楽の演奏は、作曲家の作品の演奏ではなく、向井山朋子のコラージュ作品の構成要素、作品のパーツだった。


「今回のために新たに作ったコラージュ作品《sonic tapestry II(ソニックタペストリーⅡ)》は、映像、ノイズとともに、楽曲の全曲または断片が、乱立し、分断され、つながれていく実験の「場」である。

400年にわたるピアノクラシック作品の元来の音楽性、様式は剥奪され、それとは脈絡のない別のスタイルの断片とともに新しい文脈の中に押し込まれていく。断片はオリジナルから乖離した意味を与えられ、時代、様式を超越した新しい響きを与えられる。」〔向井山朋子、2005〕


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「sonic tapestry II」(2005、愛知県芸術劇場小ホール)
(撮影:南部辰雄、提供:愛知県文化情報センター)


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「sonic tapestry II」(2005、山口情報芸術センター)
(提供:山口情報芸術センター)



 現在、向井山は、この作品について、統一して 「haar/haar」というタイトルで発表している。現在彼女は、「haar/haar」をヴィデオとノイズで構成される作品全体を囲むフレームとし、「sonic tapestry II」は「haar/haar」という作品の中の音楽部分で、彼女がそのときに弾きたい音楽の断片のストック、と明確に位置づけている。つまり、2005年8月に初演した「sonic tapestry II」、現在の「haar/haar」という作品は、コンサートという形を映像のフレームにはめ込んだ舞台作品と言えるが、この形は初演時から明確であったわけではなく、愛知での初演に始まり、同年12月に山口情報芸術センター、2006年5月のシアトル、8月のシドニー・オペラ・ハウスと上演を重ねる過程を経て、表れてきたのだった。

 「sonic tapestry II」を初演した2005年頃のことについて尋ねたとき、当時は様々な変化が一度に起こって自分ではよく分からないと前置きをした上で、彼女は次のように語っている。


「ただ一ついえるのは、作品自体を一人で制作したいと思い始めたことでしょうか。ピアニストとして今後どのように活動していくのかを考えてしまう時期。そういう時期がある。ピアニストから作曲家へ、指揮者へと転身する音楽家もいる。その時に私は、何もかもを自分が背負わなければいけないような、そんな自分の作品を創りたいと思い始めたの。」〔2007年1月に本稿のために筆者がEメールで行ったインタビューより〕


 もう一つ、向井山がコンサート自体を自分の作品として捉えた事例として、「for you」に、コンサートというものの貨幣価値を反映させた事例を紹介しよう。通常のコンサートでも、すべて、観客は音楽聴取の代償として(具体的には音楽聴取のために「1席分の空間」を「演奏される時間」の間、購入している)チケット代金を支払っているが、「for you」では観客が一人であるため、明確な形でコンサートが一作品として商品化する。

 その究極の形は、2005年に横浜トリエンナーレの演目として行われた「for you」であった。公演の形としてはそれまでの「for you」と全く同じだが、異なったのは作品購入の仕方である。それは、2005年10月26日に横浜みなとみらいホール大ホール(客席数2,020席)で開催される、たった一回の「for you」コンサートを、インターネット・オークションにより落札させるというものであった。オークションは同年9月27日10時に開始され、10月19日20時に百万円で落札された。男性が妻のために落札したのだという。その一人の女性観客のための「for you」のために、向井山は3日前にアムステルダムから来日し、15分の公演を行った後、またアムステルダムへと帰国した。このオークションを含め、実演までの一連のプロセスが、国際的な美術展覧会、横浜トリエンナーレ2005における向井山朋子の作品「for you」となった。


「最初はとても抵抗がありました。でも、ある日ふっとふっきれて、OKしました。オークションによってコンサートを聞く権利を買う、という如実なお金のシステムに自ら飲み込まれてみることによって、人々にどんな反応が生まれるかに興味があったんです。そしてこのチケットを買った人や、それ以外の人々もまた、今度何かのコンサートを買う時にチケットの交換として取り引きしたお金の価値について、「これは何の対価なんだ?」と考えざるを得ない機会になると思います。」〔横浜シティアートネットワークのホームページ上に掲載された向井山朋子インタビューより、2005〕
 

 さらに、これがただの話題提供のために行ったイベントではなく、真にコンサートの貨幣価値について考えてほしいというメッセージを強調するかのように、同年12月に山口情報芸術センターで行った「sonic tapestry II」では、入場料は観客自身の判断にゆだねるとし、金額は提示されなかった。



3、今を生きる女性アーティストとしての私の身体

「女性の身体は父権制的文化のなかでさまざまな意味に満たされており、これらの含意(コノテーション)を完全にふるい落とすことはできないのである。女性の身体を、フェミニズム的意味のためにニュートラルな記号として取り戻すことなど不可能なのだ。しかし、記号や価値は変形されうるし、異なったアイデンティティを設立することもできるのである。〔リンダ・ニード(藤井麻利・藤井雅実訳)、1997、161頁〕


 向井山朋子の活動でもう一つ忘れてはならない要素は、演奏を行う彼女の身体である。2005年の「sonic tapestry II」について、


「自分のからだにある髪・毛を視覚のメディアに収めていくプロセスは普段、音楽家/ピアニストとして舞台に立つ表現者としての身体性、そして身体自体に向き合う新鮮な体験になった。

指揮者のヴァレリー・ゲルギエフやヴィオラのユーリ・ヴァシュメットら巨匠の例を挙げるまでもなく、音楽家の身体性がパフォーマンスの重要な要素であることは疑いもない。ここでいう身体性とは舞台上のパフォーマーの肉体の存在感のことを指しているに違いないのだが、はたして演奏に立ち会う観客は、タキシードの下の彼らの生身の身体性をどこまで共有でき得るものなのだろう。

ピアニスト/haar(彼女の)の haar/(髪・毛)は、ハイヴィジョンのテクノロジーでハイパー・リアリスティックに収録されている。露出した体の各部分は切りとられ、身体のパーツ自体のリズムが聴覚(ピアノ)の要素と絡められ音楽空間としてのタペストリーを編み出していく。そこで身体のディティールというより砂漠の風景のようにうねりを見せる私の髪は、もう私のものではない。

今回のインスタレーションパフォーマンスは、表現者の身体がここにおいてどこまでがあなたのもの になりえるかという境界を見極める試みの空間でもある。」〔向井山朋子、2005〕


と解説する向井山だが、彼女が表現者として自身の身体を見つめるまなざしからは、純粋にメディア(媒体)としての興味だけでなく、「女性である」身体を重要視していると感じられる。その身体とは、豊かな髪、他人を惹きつける魅力的な眼、長い手足、背中・・・。これらの特徴を、彼女は熟知し、素直に受け入れ、自分の創作活動の手段として積極的に使っている。

 そこには、彼女の夫となった写真家フィリップ・メカニクス(Philip Mechanicus)の存在が大きく関係しているのかもしれない。彼が撮影した写真には、彼女の女性としての身体が繰り返し見られる。たとえば彼女のCD「Tomoko Mukaiyama / women conposers」のジャケットでは、背後を振り向く形ではあるが濡れそぼったヌードであり、同じくCD「Tomoko Mukaiyama / Hallo, Pop Tart」のジャケットでは、ボンテージ風衣裳の向井山が幼い娘と並んで写っている。このほかにも、広報用写真として用いているポートレートや演奏写真には、顔の半分かそれ以上が髪で覆われ、強烈なまなざしで見つめている写真が多い。


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CD「Tomoko Mukaiyama / women conposers」ジャケット



 そして「sonic tapestry II」で彼女が着目したのは、まさに「彼女の(haar)/髪(haar)」であり、映像でも、ピアノを弾く彼女自身の身体としても、はっきりと、自らの「女性としての身体」を見せつけていた。

 この作品が生まれる数ヶ月前、彼女が最近最も感動した芸術作品として、振付家のアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルのソロ・ダンス作品「Once」(2002)(注5)や、美術家のマリーナ・アブラモヴィッチの「恋人たち-万里の長城を歩く」(1986)(注6)を挙げ、いずれも「女性の、その時点の彼女でしかありえない表現であることに感動した」〔2004年11月12日に行ったインタビューより〕と語っていたことに注目したい。

 自らの身体でもって、今このときを生きる、自らの表現を行いたい。そのように考える表現者が女性であり、それを受け入れている自分がいるなら、その性は決定的である。そこで表現される女性という性が指す記号や価値は、ネガディヴではなくポジティヴなものとなる。それを彼女は、

「(髪の)なににもまして絶えずかたちを変えていく、うねうねとしたエネルギーが好きなのです。」〔2007年1月に本稿のために筆者がEメールで行ったインタビューより〕

とさらりと言ってのけるのだ。ここには、1970年代にフェミニストの女性アーティストたち(注7)が自らの存在と身体を賭けて過激に取り組んだ、タブーへの挑戦や表現の過激さはない。向井山の表現は、自らのヌードを写した広報用写真やCDジャケットにしても、また『haar/haar』の映像にしても、静かで自立して美しい。

自分自身の作品を創るということだけでなく、女性であることを強く肯定する作品を創るという点でも、大きく自覚したのが、2005年の「sonic tapestry II」であったと私は考える。
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by dahadahay | 2007-06-16 00:32 | 現在進行形の向井山朋子
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